こちらを拝読いたしました。
兄弟姉妹もいない自分、小学高学年〜中学校はじめころ、漫画雑誌は月に「りぼん」一冊だっったので、萩尾望都先生の作品はずっと読まずに来ましたが、近所の一つ上の先輩が貸してくれた「パタリロ」に、よく萩尾先生のマンガの話が載っていたため、気になる存在でした。あの「クックロビン音頭」は、マザーグース出典とずっと思っていたのですが、萩尾望都先生の「ポーの一族」でマザーグースを元にしていたお話があったからなのですね。
そして数年前「月刊flowers」でその萩尾先生の「ポーの一族」の連載が再開した際、雑誌が書店では売り切れ続出で、40年を経ても多くの人に愛されているすごい作品なんだと驚いたのをよく覚えています。女性用漫画雑誌が即売り切れることなんて、見たことがなかったので。
再開した「ポーの一族」、自分が好きなタイプの話ではなく、最初はそんなに面白いのかなぁ…と思っていましたが、続きを読むと前の話を何度も読み返したくなったり、いままで味わったことのないような不思議な読後感を持つ漫画でした。一部の女性にはおそらくたまらない世界かと。(職場で本日「北斗の拳」についてツッコミを入れてしまった自分、女性的な感覚はあまり持ち合わせてないと思ってください…)
そんなワケで気になる漫画家さんではあったものの、いままでほとんど手に取らずにきたのに、なぜこの本を手にとったかと言いますと、その理由のひとつは
感想が不穏すぎたから
萩尾望都著「一度きりの大泉の話」感想ツイートまとめ - Togetter
私よりすこし上の年齢と思しき方々が屍累々となっている感想が逆に気になり過ぎて。
ずっと作品を読んでこなかった自分ごときが軽々しく感想を述べることはできませんが、
理解はしますけど、謝りません。なぜなら原因は双方にあって、双方とも傷ついたからです。
理解はしても、解決はできません。そういうことではないかと思います。
仲良くしていたのにある日疎遠になったひとたち、私にもいます。嫌がらせされたあのキッチンハイターさんキッチンハイター - 今日より素晴らしい明日を周辺の人は除いたとしても(-_-;)←もともと仲良くもしていなかったのですが
もちろん誰にでも少なかれそういうことあるのでしょう。一凡人の自分が語るのはおこがましいですが、
人はだれでも、どうしようもできなくなった心の一部を、墓地を掘って埋めながら、生きていっているのかもしれない。
そんなことを思いました。
萩尾先生の永久凍土に埋めた屍を盗掘するような人がこれ以上出ないよう、祈るばかりです。そして、今も「ポーの一族」を描き続けてくださっていることに、心から感謝いたします。