今日より素晴らしい明日を

慎みて怠ることなかれ

倭姫さまは幸せだったのか

昨年3月から「神宮125社できる限り回る旅」をはじめました。その前から巡っていたお社を含みますが、なんとか66社、半分を越すことができました(*^_^*)

正直、なんの神さまなのかよくわからないお社もありますが(ごめんなさい)自分がいまここにあるのは周りの環境の「おかげさま」ですから。

平成31年度東京大学学部入学式 祝辞 | 東京大学

神宮は「おかげさま」という気持ちを確認できるありがたいところです。

さて、ここから先は、ワタクシの想像のトンデモ話になりますが(^_^;)

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伊勢の神宮、別宮の中で倭姫宮は創建が明確にわかっており(1923年11月5日)もっとも新しいお宮です。そんな倭姫宮について、ふと、こんなことを思いました。

「倭姫さまは、八咫鏡をお祀りする所を探してあちこち巡って、嫌にならなかったのかしら(-_-;)?」

倭姫さまの話は神話で現実にあったかどうかわからないですし… もし現実だったとしても、今と違い科学もなにもない時代の御神託に逆らうなんてことはあり得なかったでしょう。けれど、この交通の発達した今でも転勤はかなりの負担ですから、気持ちの上では投げ出したくなったこともあったのではないか?なんて想像したのですが、

最終的には幸せだったのでは?との考えに至りました。

なぜなら、

伊勢は美し国だから

↑お前と一緒にするな ( ̄Д ̄)ノ って?

実は、元伊勢と言われる瀧原宮で以前、神職さんに聞いたことがあります。

私「ここはこんないい所なのに、なぜ移られたのでしょうね?」

神「さあ。わかりかねますが、あっちのほうが海が近くて、美味しいものがたくさんあったからかも、しれませんね」

なるほど(⊙.⊙)!

と思ったものでした。

学生時代ですが、友人のKちゃんが、こんなことを言っていました。

「なにが幸せって食べる前と寝る前だって!」

安心して寝て食べること、それだけでどれだけ幸せなことか、もういちどよく考えて、あらためてまた倭姫宮に参拝しよう、そんなことを思っています。